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失われた20代を挽回しようと四苦八苦。

iPodの変えた音楽の一つの時代

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www.nikkei.com

米アップルは27日、携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」のうち、「ナノ」と「シャッフル」の販売を打ち切った。(中略)両製品はスマートフォンの普及によって歴史的な役目を終え、わずかな販売のみになっていた。

別にいまになって、iPodがなくなるからと言って困るわけではないです。
それに、なくなってしまうからという理由で欲しいなという風にも思いません。
でも、僕にとってとても思い入れのあるガジェットだったのは間違えないです。

いま思えば、iPodや、iPodを使う上でなくてはならないiTunesというのは、音楽を取り巻くいろいろなものに大きな変化を与えたような気がします。
それは個人のレベルの話でもあるし、社会的にも大きな影響を与えたと思います。
それについてはいろいろな意見があると思いますが、今回はiPodの功績に敬意を評しつつ、昔を懐かしんでみたいと思います。

iPodの残した功績

wired.jp

iPodがシーンに与えた影響については、こちらの記事に簡潔にまとめられていました。

少しざっくりまとめすぎている感じはありますが、かつてのiPodユーザーの多くに概ね同意を得られる内容でしょう。
本当にiPodというのは、その音楽プレイヤーとしてのデザインだけでなく、あらゆる意味で音楽を”解放させた”と言えます。

iPodの登場は2001年、今から遡ること16年前です。
僕が初めて手にしたiPodは第3世代で、クリックホールとは別に4つ並んだタッチボタンが特徴的なやつでした。
容量は20GB。
この当時、僕は高校を卒業して上京して、自分専用のiMacを買い、さらにiPodまで買っちゃったというだいぶバブリーな時期でした。

iPodを手にしてからというもの、どこへ行くのにもiPodを携帯して、イヤホンで音楽を聴いていました。
新しい曲に耳を通す時もあれば、気分に合った曲を膨大なライブラリから探したり。
また、同時にiTunesでほとんど流通していないようなCDの曲をDLしたりして、漁るように聴いた時期でもありました。


iPodに出会う以前

iPodを使うまで、ポータブルプレイヤーと言えばMDでした。
高校生の頃は、MDを5枚くらいリュックに入れて登校したものです。
自転車で40分くらいの通学でしたが、そのときに音楽を聴きながら自転車を漕いだものです。
(念のために言っておくと、音楽を聴きながら自転車に乗るのは危険なのでやめましょう。)

交差点で信号待ちをしている間に、MDを変えたみたり。
毎朝、気分に合わせて「どれを持って行こうかな〜」なんて、MDを選んだりしたものです。
土日には足繁くTSUTAYAに行ってCDを借りて、せかせかとMDに録音するのも日課でした。

でも、いつもたくさんのMDをいつも持ち歩くことはできなわけです。
だから、iPodに何千曲、何万曲が入るっていうのは、僕にとっては相当すごいだったのです。
iPod以前にも、mp3プレイヤーというものが存在しているのは知っていました。
でも、そういうものって、PCとかに詳しいおじさんたちが使っている、よくわからないものというイメージだったんですよね。

一方でiPodは、極端に少ないボタンとか、大きなディスプレイなんかが、ガジェットというより、アクセサリーのような感覚でした。
説明書が不要なくらいわかりやすい操作性も、大きなインパクトを持っていたように思います。


音楽の楽しみ方の変化

基本的に、MDにはアルバム一枚分の音楽した録音できません。
LP2やLP4という録音方法はありましたが、そんなにたくさんの曲を詰め込もうという発想はありませんでした。
なので、アルバム一枚単位で聞くことが多く、アルバム=一冊の小説のような作品だという感覚がありました。

それは、作り手側もきっと同じ感覚だったのかなと思っています。
アルバムにはコンセプトや目的があり、曲の並びなどにはコンテクストを感じていました。
だからこそ、曲順をシャッフルしたり、同じ曲を延々と聞くことは少なかったように思います。
その時に入り浸りたい世界を選ぶのが、CDやMDを選ぶ基準だったのです。

僕が高校生の頃によく聴いていたのは、Radioheadの”OK Computer”や”Kid A”。
Mondo Grossoの”Next Wave”、東京事変の”教育”なんか。
いまでも、これらのアルバムは、唯一無二の世界観というか、独特の雰囲気があると思います。

しかし、iPodを使い始めてから、アルバムを通して聴くというはあまりしなくなりました。
iTunesでは、一度取り込んでおけば、CDを持っていなくても何度でもプレイリストを作成することができます。
好きな曲やコンセプトを決めてプレイリストを作り、それを聴く。
アルバム単位ではなく、次第に曲単位や自分のプレイリストで音楽を聴く機会が増えたように思います。

これって、それまでのMDでは面倒だったり、そもそもCDを持ってないとできなかったことなんですよね。
でも、iPodiTunesがあれば、無限に増えて行くライブラリから、手軽にできてしまうんです。
そして、欲しいと思った曲は、夜中でも、家のPCで、曲単位でDLできる…
もともと音楽を聴くのが好きだったけど、音楽がもっと身近で、そして手放せないものになっていきました。


革新的な操作性

iPodが流行ったのは、ただ単にたくさんの曲が入るからというわけではありません。
先ほども少し触れたように、それ以前にmp3プレイヤーというものは存在していました。
しかし、そのインターフェイスやデザインに、多くの人が魅了されたのは間違えありません。

iPodの直感的な操作感といい、最大の特徴と言えるのはやっぱりあのクリックホイールでしょう。
たくさんの曲の中から、素早くアクセスするために寄与しています。
従来のガラケーのような十字キージョグダイヤルでは、何回も押したり、ずっと押し続けるような操作が必要だったでしょう。

また、その多彩なソートは、大量のアルバムから探したい曲を見つけるのに非常に便利でした。
アルバム、アーティスト、ジャンル、プレイリスト…
いろいろなアプローチがあるのは、様々な使い方をユーザに与えたとも言えます。

いまでは当たり前に思えてしまうかもしれませんが、当時のWindowsのOSはWindows XPの頃です。
携帯は二つ折りのガラケーで、Javaを使ったゲームが登場し始めた頃です。
いま思い返しても、iPodというのは、とても革新的なものだったのではないかと思えます。


iPodからスマホの時代へ

で、僕は第3世代でiPodデビューを果たしましたが、すぐに容量が足りなくなって第4世代へ。
そこから、第6世代へと買い換えたのが、最後のiPodです。
使っていたのは、iPod(モデル末期にはiPod Classic)でした。
最後の方は、ちょっと丸みを帯びた感じが薄れて、スリムでスタイリッシュになってきました。
当時、製品のデザインには賛否両論ありましたが、個人的にはスキニーのポケットに入れても目立たず好きでした。

しかし、第6世代のiPodの登場と同じくらいのタイミングで、iPhone3GSが登場します。
僕がiPhoneを初めて購入したのはiPhone4ですが、iPhoneによってiPodの活躍の場は減っていきました。
音楽プレイヤーを携帯しなくても、スマホでこと足りるようになってきたのです。

こうした流れや変化が、今回のiPodの販売終了の大きな背景になっているは間違えありません。
nanoやshuffleは小型のプレイヤーとして、ある程度の需要はあるのかもしれません。
しかし、もう多くの人々が欲しがるようなものではないということなんでしょうね。


それでもiPodが特別な理由

いまのところ、iPod touchは販売が継続されています。
しかし、多くの人にとって、iPod touchは”iPod”というイメージとは少し違うのだと思います。
僕としては、SIMの入らないiPhoneといった感じに思っています。

人には「あの頃」を懐かしんだり、過去のことを美化してしまう傾向があります。
でも、それでも、iPodというのは特別なものであると思っています。

というのも、iPodはポータブル音楽プレイヤーなのです。
カセット、CD、MDに次ぐメディアと捉えていたのかもしれません。
かつてiPodを愛用していた人間からすると、その点に感慨を感じるのではないかと思います。

こうして考えると、ここ十数年で私たちの身の回りにあるデバイスの進化はめざましいものあがります。
また、音楽のと付き合い方や、メディアの接し方の変化も著しい変化がありました。
そのきっかけがiPodであることを考えると、やはり一つの時代の終焉感があるのだと思います。


音楽をとりまく変化

さて、iPodというHDDプレイヤーを経たいま、音楽や音楽との付き合い方には、それ以前と大きな変化を感じます。
iPodの登場で、ポケットに入る音楽の量というのは、MD数枚から、1ヶ月でも聴ききれないような量に増えました。
現在では、スマホのネット接続を使えば、際限ないほどのライブラリに接続することができます。

しかし、多くの曲や音楽に触れることができるようになり、一つの曲や一つのアルバムをじっくりと聴くようなことは少なくなりました。
また、音楽や曲に対してお金を払うという認識もだんだんと低くなってきた気がします。
次第に音楽を聴くための費用というのは、ストリーミングなどのサービスに対して払われるものにシフトしてきています。
いまのスマホネイティブの世代にとっては、音楽にお金を払うこと自体が、時代遅れの考えなのかもしれません。

いつでも溢れんばかりの音楽が聴けるようになった一方、本当に心底良いものに出会う機会が少なくなったような気もします。
もしかしたら、それはそれで、新しい音楽との付き合い方なのかもしれません。
しかし、昔を知る人間としては、なんとなく寂しさを感じたりもします。

「テープが擦り切れるまで」という表現はさすがに古いかもしれません。
でも、CDなら何度も聴いて入ればディスクの裏に傷が増えるし、ケースも傷だらけになります。
そうしたものが見えるというのも、味があるのかもなんて思ったりします。
音楽を消耗品のように考えるのは、やはり寂しいものです。


【まとめ】世界を変えたiPod

iPodiTunesによって、音楽がより身近なものになり、新しい音楽の楽しみ方が生まれました。
これが世の中の流れといえば、そうなのかもしれません。
ただ、やっぱり一曲一曲に対する思い入れが薄くなっているというのは、「これでいいのかな」と思う気持ちがあります。

CDのセールスが落ちていると話題になることがありますが、それ自体はあまり気になりません。
しかし、アーティストの活動の集大成だと思っていたアルバムの存在感が薄くなっているのには、少し思うところがあったりします。
最近では、アルバムがシングルの寄せ集め的なものが多かったり、空気を感じ取れないものも多い気がします。

しかし、いつでも、どこでも、海外の音源さえも、スマホで聞くことができるようになりました。
目的もなくぶらぶらとしていても、「お、この曲、いいな」なんて出会いがあったりします。
星に数ほどある曲から、良い曲を見つけるのは楽しいものです。

音楽を聴く側の楽しみ方が変化すれば、提供する側も変化が必要なのかもしれません。
でも、音楽の持っている文化・芸術的な面と商業的な面というのは、難しいバランスで成立しているように思います。
確かにiPodは音楽に大きな変化をもたらしましたが、でも、音楽のもつ魅力や力というのは変わっていないのだと信じています。
どうかこの先も、作り手側、聞き手側がお互いを尊重しあえる音楽シーンが続いて行くことを願います。